
昼下がりの王都騎士団詰め所。
訓練を終えたアレッサ・フォン・シュルツは、使用した剣を入念に手入れしていた。他の騎士からは「真面目すぎる」と常々言われるが、納得いかない事を放っておくのは彼女の流儀に反した。
鏡のような輝きを取り戻した剣身を眺めて、アレッサは満足げに頷く。
「……ん? 何だ、これは?」
剣を仕舞おうとしたアレッサは、剣立てに挟み込まれた紙片に気づいた。
微かに甘い香りを漂わせるそれを注意深く手に取り、恐る恐る開く。
それは激しい筆跡の文字が踊る手紙だった。
「玲瓏なる騎士、アレッサ・フォン・シュルツ。
貴女が剣を振るう姿を見たとき、私は運命を確信した。
心に灯った炎は、やがて王都を包みこむほどの大火となるだろう。
事そこに至るに先立ち、私を受け入れて欲しい。
今宵、屋敷で待つ。
――ルーカス・ド・ヴェルディ」
アレッサの心臓が早鐘を打つ。
元よりヴェルディの名は知っていた。王都近郊に領地を持つ男爵家であり、その長子がルーカスだったことを思い出す。
運命、王都、大火……そして自身の行いを恥じるかのような言葉を読んだアレッサは、あるひとつの答えへ達した。
「間違いない! これは王都へ火を放たんとする悪計の告発だ!」
つい先日、敵国の密偵が王都への侵入を試みた形跡が見つかったという報告が騎士団へ上がっていた。
その情報を踏まえつつ考えると、ルーカスは密偵と結託……あるいは強制される形で王都へ火を放つ計画へ加担したが、良心の呵責に耐えきれず、アレッサへ救いを求める手紙を送ったのだろう。
アレッサは近くにいた騎士たちへ声をかけ、手紙の内容から推測される事態を伝えた。
すぐに数名の騎士たちが集まり、ルーカスのいるヴェルディ邸へ向かう準備が整った。
「伝えた通りだ。至急、ヴェルディ邸でルーカスを確保する。その後、手紙に記された計画を暴き、敵国の企みを潰す!」
「おおお!!!」
アレッサたちは早馬を駆り、夜を待たずにヴェルディ邸へ赴いた。
騎士たちの到来に驚く屋敷の者へ事情を話し、ルーカスのいる部屋へと急ぐ。
アレッサが勢いそのままに目当ての部屋の扉を開くと、室内にいたルーカスは歓喜の声を上げた。しかし、あとに続いて現れた興奮気味の騎士たちを見て、激しく動揺する。
「ア、アレッサ殿……? 手紙は読んでくれたのであろう? その騎士たちは一体……?」
「貴殿の告発に応じるためだ。さあ、王都を大火で包む計画とはなんだ?洗いざらい話してもらおう!」
「な、何を言っているのだ!?私はただ……ただ……、アレッサ殿への恋心を綴っただけであろう!」
ルーカスの絶叫に、アレッサを含む騎士たちはピタリと動きを止めた。「恋心」という場違いな言葉が部屋にこだまする。
アレッサに至っては、その言葉を認識すらできていなかった。
「コイゴコロ……?」
ポカンとするアレッサに、近くの騎士が耳打ちする。
「恋心だ、恋心。おそらくな。とはいえ、どういうことだアレッサ。手紙の内容は罪の告白ではなかったのか?」
アレッサは懐にしまっていた手紙を取り出し、騎士たちへ見せた。
順番に手紙を読んだ騎士たちは、疑問に満ちた顔つきを徐々に落胆めいたものへ変えていった。
「アレッサ、これはどうみても恋文だ」
「恋文!?これがか!?」
「ほら、よく読め。アレッサに一目惚れして、恋心が大きな炎のように燃え上がって、受け入れて欲しい……と」
「なぜこんな回りくどい表現を使う?」
「それは……」
アレッサと騎士たちの視線が一斉にルーカスへ向けられ、彼はぼそぼそとか細い声で答えた。
「その方が……そ、聡明な感じがしたのだ……」
ルーカスの主張はアレッサには理解できなかった。
成し遂げたいことがあるならば、ただひたすら猛進すべきというのがアレッサの考えだった。
曖昧な言葉を用いた手紙を残す、その隠微な行動がアレッサには卑怯めいたものに感じ、好きにはなれなかった。
ましてや「恋心」という理解し難い感情が絡んだことで反発心はより一層強まった。
「気持ちを伝えたければ臆さず素直に書け!」
アレッサは相手が貴族であることを忘れて、反射的に思っていることをぶちまけた。
「なんて酷い言い分だ! 勘違いしたのはそっちだろう!? もういい、さっさと帰ってくれ!」
ルーカスの怒声を受け、アレッサたちは慌ただしく屋敷をあとにすることになった。
馬に乗り王都へ戻る道中、アレッサは騎士たちへ自身の失態を詫びた。
しかし騎士たちの反応は予想外のものだった。
「別に謝ることはない。いつも通りのアレッサだったしな」
「ああ、真面目一筋のアレッサに恋だ愛だのの機微はわからんさ」
「とはいえ、ルーカス殿は気の毒だったな……」
騎士たちは口々に述べ、互いに笑い合った。
その様子に安堵を覚えつつも、アレッサは解せないものを感じていた。
「私は真面目すぎるのだろうか……? 色恋にかまけている暇があれば剣を振るうべきという考えはおかしいのだろうか……」
アレッサの独白めいた独り言に、騎士の一人が反応した。
「まあ、もう少し柔軟になった方がいいかもな。肩に力が入りすぎるとオークやスライムにも負けかねないぞ。気をつけろよ?」
騎士たちは先程よりも大きな声で笑い合った。
アレッサは騎士の言葉が自分を励ますためのものだと理解しつつも認めたくなかった。騎士である自分がオークに、ましてやスライムに負けるなどあり得ないことだったからだ。
脳内でスライムの姿を思い浮かべてみる。粘液状で不定形の体。斬撃に多少の耐性を持つが、やはり周知されているのは〝最弱の魔物〟という印象。
しかし裏を返せば、知名度のわりに知っていることは少ない。スライムは何を食べるのか。どんなコミュニケーションを取り合うのか。そしてあの体に触れたら、どんな感触がするのか……。
いつの間にかアレッサの頭の中はスライムでいっぱいだった。恋心さえ理解できない自分に、なぜそのような好奇心が沸き起こるのかはわからなかった。
しかしやるべきことはひとつだった。
「くっ……頃合いを見て調べてみるか」
これまで通り、やると決めたらとことんまでやるだけだ。たとえその対象がスライムだろうと、どんな結末が待っていようと。
アレッサは新たな目的を果たすため、王都へ向けて馬を急がせた。
2026/1/8 08:00